難波津、難波宮、大坂城…。かつては大阪湾に面し、瀬戸内海を通じて流入する外国文化の玄関口となるなど、古えより大阪の歴史の中心地として表舞台を飾り続けてきた由緒の地「上町台地」。平均標高約20m、大阪城付近を北端に南へ約12km、東西約2kmにおよぶその高台には、今も風情ある街並と健やかな住環境が残されています。
※イメージ図であり、高低差等は実際とは異なります。
※眺望条件は住戸向き・階数により異なります。
平安時代の歌人・藤原家隆が大阪湾に沈む夕陽の絶景を歌ったことに由来し、“落陽の佳観”の場として古くから知られる「夕陽丘」。
聖徳太子の四天王寺創建をきっかけに国際交流の拠点へと発展し、現在では市内有数の歴史を持つ文教の街となっています。
また「リベールグラン 夕陽丘」の現地東側道路は、世界遺産に指定された熊野三山への参詣道「熊野街道」、
アドレスとなる上汐は「夫婦善哉」などで知られる浪速の文豪・織田作之助が出生した地として、
在りし日の歴史と文化をいまに伝えています。
■四天王寺/今から約1400年以上前の推古天皇元年(西暦593年)、聖徳太子により、悲田院、療病院、施薬院、敬田院の四箇院の制からなる四天王寺が建立されました。その伽藍配置は、南から北へ一直線に並ぶ「中門」「五重塔」「金堂」「講堂」を回廊が囲む「四天王寺式伽藍配置」といわれる形式で、日本では最も古い建築様式の一つとされています。
■口縄坂/天王寺七坂のひとつ。坂の下から見上げた道の起伏が「蛇(くちなわ)」に似ていることや、大坂城築城のとき縄打ちを始めた地であることなどが名前の由来と言われています。この口縄坂をのぼると織田作之助の文学碑があり、「口縄坂は寒々と木が枯れて白い風が走っていた」に始まる『木の都』の一節が刻まれています。
■熊野街道(現地東側道路)/平安以降、貴族や庶民を霊場熊野へと導いた参詣路。かつての船着き場・大阪天満八軒家を起点に上町台地を南へ進み、本物件の東から四天王寺、住吉大社、そして紀州路へと続いたとされています。
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